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知っておきたい東部アフリカ諸国 |ケニア共和国

東部アフリカ諸国の優等生 ケニア共和国

国立公園の野生動物の背後には、近代的な高層ビルが建ち並ぶケニア共和国の首都ナイロビ。

遊牧民から貿易商人まで、さまざまな文化が魅力的な国は、東部アフリカ諸国を牽引する政治・経済・文化の中心地です。

アフリカ大陸の東海岸に位置するケニア共和国は、赤道がちょうど国土を二分しており、面積が58.6万平方km、日本の約1.5倍あります。

さらにアフリカ最大の「ビクトリア湖」やアフリカで2番目に高い「ケニア山」、「砂漠地形」に「花崗岩による丘」など、多様性な地形が特徴です。

また、古来より貿易や移民のルートになっていたため、様々な地域の民族や文化に影響を受けています。

オバマ大統領のルーツ

2008年11月4日、バラク・オバマはアメリカ初となる黒人系大統領なりました。彼の父であるバラク・オバマ・シニアはケニア共和国の出身であり、オバマと言う姓は、ケニア国民の約13%を占めているルオ族特有のものです。

ケニア人の血を引くアメリカ人初の黒人系大統領という快挙に対してケニア国民は歓喜し、その日が「オバマ・デイ」としてケニア共和国の祝日になるほどでした。

過ごしやすい清涼な環境

ケニア共和国はサバンナや高原地帯の南部赤道直下に位置するものの、首都ナイロビをはじめとした主な居住地域は高原地帯にあります。そのため、平均気温は約7°〜27°と清涼でとても過ごしやすい環境になっています。

国内の最大都市であるナイロビには約390万人が住んでおり、アフリカ諸国でも屈指の規模を誇っています。また、1963年の独立以降は、比較的に国政が安定していたため東アフリカの政治・経済・文化の中心を担っていました。

さらに、国連環境計画(UNEP)国連人間居住計画(UN-HABITAT)の本部が置かれるなど各国の要人が集まるほか、ビジネスで訪れる日本人も多くナイロビ市内には日本食レストランも見受けられます。

OUT OF AFRICA

ナイロビ市内には「OUT OF AFRICA」ブランドのマカダミアナッツチョコレートで有名なケニア・ナッツカンパニーの本社も置かれています。

ケニア・ナッツカンパニー社は、日本人の佐藤芳之氏が社長で年間5000万ドルを売り上げる大手企業です。また、ケニア・ナイロビ国際空港の免税店では同社商品が定番のお土産として人気を集めています。

さらには、ケニア航空や英国航空の機内サービスにも「OUT OF AFRICA」ブランドのマカダミアナッツが採用されていることは有名です。

世界遺産にも登録されている豊かな自然

古い歴史の港湾都市

ケニア共和国の首都機能は内陸部南部のナイロビに集中していますが、沿岸部にはモンバサやマリンディー、ラムなどの古い歴史を持つ港湾都市が存在しています。

それらケニア沿岸部の港湾都市では、15世紀末からアラブ人との外交が始まっており、インド洋貿易の拠点として栄えていました。

その港湾都市の1つ、ラム島の旧市街地は、当時最大の都市でスワヒリ系の建築物がとても良い保存状態のまま残されていることから世界文化遺産になっています。

その他の世界遺産として「トゥルカナ湖国立公園群」、「ケニア山国立公園」、「ミジケンダ族の聖なる森林カヤ」の計4カ所が登録されています。

マサイ族は歌の天才

世界遺産以外にも、ケニア共和国には国立公園や国立保護区域が多く存在しており、ナイロビ北部のライキピア高原もその1つで、ここには先住民であるマサイ族が暮らしています。

マサイ族は、ケニア南部からタンザニア北部に分布し古くからの生活スタイルを続ける遊牧民として知られ、歓迎の挨拶や、戦いの踊りに独特の垂直ジャンプをすることで日本でも有名です。

なお、ライキピア高原にはマサイ族が経営するロッジがあり、ここで宿泊しながらマサイ族の文化に触れるツアーも人気となっています。

また、”征服”や”武勇”を男性が太く低いうなり声のように表現をしているマサイ族は、歌の天才と呼ばれています。

治安の悪化で気になる観光業

ナイロビ南の郊外にも小さな国立公園がつくられていますが、この公園を南側から眺めると、草原を歩くキリンやヒョウなどの野生動物の背後に、ナイロビ市内の近代的な高層ビル群がそびえ立つ光景を目にすることができます。

このような現実離れした魅力的な環境を活かした観光業は、ケニア共和国の主要産業の1つになっていますが、近年は政情不安やテロの影響により、治安が悪化しているため観光客の減少が問題になっています。

近年勃発した衝突によって経済成長が減退傾向に

テロとの戦い

1963年の独立以降、さまざまな紛争が頻発するアフリカ諸国の中でも、ケニア共和国は比較的安定した情勢が続いていました。

しかし、1990年代後半からは国際テロ組織アルカイダの干渉が見受けられるようになるなど、治安の悪化が懸念されています。

1998年には、ナイロビ市内のアメリカ大使館での爆破テロや2002年にはモンバサのホテルでイスラエル人を狙った自爆テロなどが発生しています。

政情不安によるケニア危機

2007年12月に行われた大統領選の際には、国家統一党(PNU)のキバキ大統領が再選しましたが、当選の背景に不正があった可能性が高く最大野党のオレンジ民主運動(ODM)が抗議活動を敢行しました。

それと同時にODMのオディンガ党首の同胞であるルオ族も蜂起し、キバキ大統領の同胞であるキクユ族との衝突が起こってしまいました。

その結果、4ヵ月にわたった衝突により、2008年4月までに約1200人が死亡し、約50万人が国内避難民となる大暴動へと発展してしまいました。

しかし、コフィ・アナン前国連事務総長がアフリカ大陸の主要メンバーの援助を得て仲介に入ったことにより、同年4月にはPNUとODMの両党を中心とする連立政権が発足するまでになりました。

さらに、憲法改正の国民投票が実施されたことによって、新たに設けられた首相職にODMのオディンガ氏が入り、ルオ族とキクユ族の関係修復に向けて動き始めています。

GDPの約3割を占める農業

ケニア共和国の主な産業には、観光業以外にも比較的工業化が進んでいますが、コーヒーや紅茶などの農産物生産を中心とする農業国でもあります。

また、GDPに占める農業の割合も約25%と多く、労働人口の約60%が農作物に従事しており、GDPに占める農業の割合も約25%と高くなっています。

しかし、2009年には、2000年以降最悪とまで言われる、大規模な旱魃被害に見舞われたことにより、国連食料計画(WFP)は約380万人分の食料援助が必要と発表する事態になっています。

東アフリカで最も発達した経済

ケニア共和国の外交においては、近隣のアフリカ諸国と東アフリカ共同体(EAC)東南部アフリカ市場共同体(COMESA)を結成しているほか、欧米諸国との関係も強くなっています。

また、経済では治安の悪化による観光業が落ち込んだことに加え、世界的な食料や燃料の市場価格の高騰が重なっているため、2007年度のGDP成長率は約7.0%から約3.6%にまで下がるなど、経済成長の減退傾向にあります。

しかし、2008年度のGDPは345億1000万米ドルで、これはアフリカ諸国の中でも上位10位に入る経済規模となっており、東アフリカ地域経済においては最も発達しています。

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1977年生まれ 宮城県出身 東京在住 調理師 ビジネスを通じて途上国・先進国の課題を解決することを目的に設立された 『MONSOON JAPAN』の一員として活動しています。