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多くの課題を抱えるアフリカの大国 ナイジェリア連邦共和国

多くの課題を抱えるアフリカの大国 ナイジェリア連邦共和国

アフリカ大陸の総人口のおよそ6分の1にあたる約1億7,000万人が住んでいるナイジェリア連邦共和国、通称ナイジェリアは行政区分が36州、首都アブジャ市を擁する連邦首都地区から成り立っています。その国名は、国内を流れるニジェール川が由来です。

アフリカ大陸のほぼ中央、西岸がほぼ直角に折れ曲がる場所に位置し、西部にベナン、北部にニジェール、北東にチャド、東部にカメルーンに囲まれており、ギニア湾に面しています。

また、ナイジェリアの最高峰チャパル・ワディ(2,419m)はカメルーンとの国境付近タラバ州に位置し、ガシャカ森林保護区の中にあります。

様々な王国や文化が数多く繁栄

西アフリカ沿岸地域にはヨーッロッパ列強諸国との主要な貿易品にちなんで、黄金海岸や象牙海岸といった名前がつけられていましたが、この地域はもともと奴隷貿易が盛んだったため、「奴隷海岸」とも呼ばれていました。

また、ナイジェリア一帯では紀元前から文明が栄えており、様々な王国や文化が存在していた事が分かっています。

14世紀に興ったベニン王国は、ポルトガル人との奴隷貿易によって銃火器を手に入れ軍事的優位に立ったことで繁栄しましたが、19世紀末にイギリスの侵略により滅亡してしまいます。さらには、周辺の王国なども制圧したイギリスによって植民地化されました。

そのほかの多くのアフリカ諸国と同様に、第2次大戦後に独立の気運が高まり、1960年にイギリス連邦の一員として独立を果たしています。

クーデターの頻発で混乱

ナイジェリアは、1963年に現在の国名に改称し大統領制に移行していますが、1966年の軍事クーデターを皮切りに1993年までの約30年間でクーデターが7回も発生しており、長いあいだ軍事政権による支配が続いていました。

また1967年には、イボ族がビアフラ共和国を建国し、独立宣言したことで内戦も起きています。

そして、1999年に新憲法が制定され、選挙の結果、オルセグン・オバサンジョが大統領に当選することにより、ようやく民政へ移行し政情は一応の安定をみることとなります。

しかし、2007年の大統領選でウマル・ヤラドゥアが当選し、史上初の民主的な選挙による政権の交代が実現したのですが、EUの選挙監視団は不正が多発していたことを指摘しています。

そのほか、軍政による独裁が長かったナイジェリアでは政治家や役人の腐敗が深刻で、政府は汚職政治家の逮捕などを行い改善に努力しているものの、いまだに腐敗は最悪のレベルにあります。

国民に還元されない豊富な石油資源

ナイジェリア南部は熱帯雨林気候で、二大河川であるニジェール川とベヌエ川が合流している、世界最大のデルタであるニジェールデルタを形成しています。その肥沃な土壌を利用して、カカオ豆やトロピカルフルーツ、野菜の生産が盛んに行なわれていました。

しかし、1950年代後半には、このデルタ地帯から豊富な石油資源が発見され、採掘が始まったことによりカカオ豆以外の農業は衰退してしまいました。

1971年にはサブサハラ・アフリカの国として初めて石油輸出国機構(OPEC)に加入し、現在ではOPEC加盟国中,第7位という世界有数の産油国となっています。

ナイジェリア経済を支えているのはこの石油で、総歳入の約70%,輸出総額の約90%を石油に依存しており、シェルやモービル、シェブロンなどの国際石油資本がナイジェリア石油公社と合弁し油田を開発しています。

しかし、本来であれば石油輸出による収入で国家財政は豊かになり、国土なども発展しているはずですが、石油利権を巡って争いが絶えず、ときにはクーデターが発生したことからもわかるように、その利益が国の発展に適正に使われることはありませんでした。

そのため、イギリス植民地時代,最大都市のラゴスに建設された鉄道などのインフラは整備補修がなされず荒廃しています。

深刻な治安悪化

ナイジェリアの経済規模はアフリカの中では群を抜いて高く、アフリカ経済全体の4分の1を占める規模を持っています。

日本との貿易では、おもに石油や液化天然ガスを輸出し、鉄鋼や自動車を輸入しており、対日貿易は輸出入とも約500億円規模で、アフリカの中で4番目の貿易相手国となっています。

しかし、デルタ地域では石油の利益が地域に還元されず多くの国民が貧困にあえいでいることから、政府と石油の利益を奪う外国資本への反発が非常に強くなっています。

そのため、無数の武装勢力が存在し、中でも最大勢力となったニジェール・デルタ解放運動(MEND)は石油関連施設への攻撃や、身代金目的の外国人労働者の誘拐などテロ活動を活発化させています。

さらに、2009年には政府軍によってMEND拠点への空爆が始まり、これに反発したMENDは全面戦争に突入したことを宣言しています。

この戦闘はMENDが武装解除に応じたことで停戦していましが、和平プロセスの停滞を理由に再び戦闘状態となっており、現在も誘拐が続くなど大変な危険地域となっています。

多発する犯罪

アフリカ屈指の大国と言えるナイジェリアですが、その名は国際詐欺犯罪の発信地としても広く世界に知られています。この詐欺は「権力者や政治家が不正に蓄財した資金を洗浄したいので、口座を貸してくれる人物を捜している」などと持ちかけ、手数料名目で金銭をだまし取るというものです。

突然、丁寧な英文で勧誘のメールが届き、この発信地がナイジェリアだったことから「ナイジェリアの手紙」「419詐欺」(資金洗浄を規制するナイジェリア刑法419条に抵触する)という不名誉な名前がつけられています。

この背景には深刻な不景気と高い失業率に加えて、公用語である英語教育の水準が高く、コンピューター関連の教育も行われているため、その知識が悪用されているという事情があります。

そのほか,不法移民の輸送や麻薬密売などの犯罪も横行しており、とくに強盗など暴力犯罪の発生率が非常に高いラゴスは、南アフリカ共和国のヨハネスブルグやケニア共和国のナイロビと並ぶ危険な都市として知られています。

ナイジェリア政府は汚名返上のため、詐欺・経済犯罪の壊滅に向け、世界各国の捜査機関と協力体制を築いて取り締まりを強化していますが、犯罪組織も手口を巧妙化させており撲滅するまでに至っていないのが現状です。

宗教対立

さらに、イスラム教徒とキリスト教徒の宗教対立も深刻な問題となっています。

アラブ世界と関係が深かった北部ではイスラム教が、ヨーロッパ諸国と関係が深かった南部はキリスト教が信仰されており、各地で宗教対立に起因する暴動や衝突,虐殺が何度も発生しています。

また、最近では2010年3月にプラトー州都ジョス近郊のベロム族の村をイスラム武装組織が襲撃する事件が発生し、キリスト教徒約500人以上が虐殺されてしまいました。

その後も同様の襲撃が続き、さらに約150人以上が虐殺されたといわれています。民政移管後,政府はこうした国内の問題解決に向けて努力していますが、課題は山積みですべてを解決するには時間が必要とされています。

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1977年生まれ 宮城県出身 東京在住 調理師 ビジネスを通じて途上国・先進国の課題を解決することを目的に設立された 『MONSOON JAPAN』の一員として活動しています。